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2010年1月27日 (水)

2010・新年会にて

玉川学園南口商店会の新年会、今年の会場は"スパゲティハウス"さんで行われました。任期中のこの2年、全くもって会の活動の傍観者になっている僕は今回の出席は躊躇っていたのですがここのスパゲティは超おいしいで有名、会場がスパゲティハウスさんだったので出席を決めました。あまりに近すぎ、今回が初めての来店でした。今年の新年会は珍しく女性陣の参加が多く、おいしいパスタにピザ、うまいビール&両手に華(?)、最高に楽しい新年会でした。今回は渡辺げんたろうさんもご一緒に盛り上がりました。玉川学園消防団第一分団第五部・部長、というよりも町田琉(エイサー)・元会長、こちらの印象の方が強いです。町田一、エイサーのかっこいい男に間違いないと思っています、ゆえにスーツ姿のげんたろうさんには皆さん違和感バリバリでした。僕の夏祭り実行委員長としての5年間でも消防団としての交通整理、誘導、防犯活動、かたや迫力のエイサーで祭りを盛り上げるその鮮やかなリーダーシップぶりはまさに平成の"新門辰五郎"(ちょっと表現が違うかも・・・)。

渡辺げんたろうさん、南口商店会の夏祭りが事故もなく、安全に行うことが出来ていることに心から感謝していることだけはお伝えして、これ以上のコメントは差し控えさせていただきます。P1250522 P1250524

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イメージ

36歳を迎えてしまいました・・・。輸入車を2台所有して(車興味ないけど)、ハーレーダビットソンに乗って(免許持ってないけど)、左手首のロレックスは洋服に合わせて毎日取り替えてみて(時計に執着もないけど)、市内に構えた3店舗のサロンを毎日順番に回る超多忙な日々を送りながらも休日はサーフィン三昧(海好きじゃないけど)。20代前半に描いていた36歳の自分とは随分と違ってるもんだなと感じています。11年間せこせこ10坪足らずのサロンを切り盛りしています。超多忙だけがイメージ通りでした。でも、で欲しいものが山ほどありすぎするのに充実した毎日のこの現況は当時のイメージよりもはるかに幸せなのかも・・・。10数年前に読んだ゛20代にやるべきこと゛(多分そんな題名)、その著書で将来のなりたい夢になぜそれになりたいのかを考える、それになれなくてもそれになりたかった理由を現況の中でこなすことで夢は叶えられるのではないか。みたいなフレーズがありました。役者になりたい、ミュージシャンになりたい、スポーツ選手になりたい・・・なぜ、それになりたいのか?人を感動させたい、賞賛されたい、自分に浸りたい・・・一番の想いは認められたい・・・。やりたいわけでもなく何となくやってしまった゛美容師゛、当時のフレーズを思い返すと毎日のサロンワークの中で何気に夢は叶っていたりする。10代、20代にあまりにも多くを描きすぎていて30代とういう現実の世界に忙殺され40代をイメージすることを置き忘れていました。年男、立花の年、無敵の40代を迎えるべく改めて邁進していきます。

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2010年1月26日 (火)

調香師&ミュージシャン

Dscn1649少年時代からの僕の憧れ、 藤井フミヤさんのオリジナルオードトワレ。手掛けたのは"日本を代表する調香師"ベン・ホサカさん。他にも椎名林檎さんをはじめ、数多くの有名人の香りをプロデュースしているようです。接客業の僕にはお客様への刺激を考慮いただき特別に"ウォーター・グリーン"を調香していただいております(世界のベンさんに・・・)。13年くらい前、当時、成瀬に勤務していた頃に入客させていただいたことがご縁でした。初対面からものすごいオーラを発していたのですが・・・。青山の一等地に事務所を構える(ユー○ンや吉○晃司と同じビル)世界の調香師でありながら、ラテン歌手というもう一つの顔を併せ持ち、世界を股に架けて活躍中です。田園調布の自宅から何だか大きなベンツで当店までお見えになってくださいます。かつて、つくしのに在住していたベンさんは玉学商店街の"二葉寿司"の常連で、シーンの開店祝いにと夫婦でお招きいただきました。。頑固な職人気質で有名なご主人もベンさんの連れということで僕らにはVIP待遇でした。10年前の僕らの結婚式披露宴ではベンさんには生演奏をしていただき、僕自身も憧れの藤井フミヤの"TRUE LOVE"を調子にのって弾きました(かなりヘタでした・・・)。そんなこともありベンさんの会社"ホサカ・オルファクティブ"にて手がけたフミヤさんの香りをお持ちくださいました。(感動!)、6月27日(水)はベンさん自身の六本木のスゥイーベイジル139での恒例ライヴ。ここがまた素敵なライヴバーなんですよ!ここは連日、綾戸智絵さんや寺井尚子さんなどはじめ大御所ミュージシャンが連日演奏しているライブバーなんです。ベンさんのラテンバーラードを聴きながら素敵な夜を堪能してきます。 皆様もいかがですか?Dscn1672 Dscn1670

そんなベンさんは毎年「商店会の夏祭りにはいつでも声をかけてください!」と・・・。恐縮です。                           注・この記事は2008年に投稿した記事です。

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2010年1月20日 (水)

親愛なるカズ様

間もなく12年を迎えます。1998年、6月2日に゛キング・カズ゛が日本代表の最終メンバーから外れ、サッカー日本代表への熱い想いが途絶えたあの日から・・・。サッカー好きな僕は世界のサッカーは相変わらず観ています。その世界のサッカーを好きになるきっかけをつくってくれたのも゛キング・カズ゛あなたです。アメリカ大会の興奮冷めやらぬ1994年、アジア人初、前人未到の世界最高峰、イタリア・セリエAへ乗り込みました。サンシーロでの開幕戦、眼を閉じると今でもあの興奮がよみがえります。最高のワンシーズンでした・・・。中田、中村、森本・・・その後の数多くの日本人選手の活躍の場となる道筋を築いてくれたのはまさにカズ、あなたでしょう。イタリア・ジェノバ、クロアチア・ザグレブが大好きです。あなたが在籍していた街だから。

98年、6月2日を悲しんだ日本人のベスト10人の1人であると自負しております。不動のエースだったあなたが代表からいなくなって12年、エース不在のまま今年もまたワールドカップが始まります。皮肉にもあなたをメンバーから外した岡田監督で挑みます。悔しいけど恨んではいません。きっとあのときの思いがあるからこそ今もなを、トップアスリートとして君臨しているのだと思います。12年前の読売新聞に寄稿した代表落ちの手記を僕はパウチして今でも大事にお守りにしています。仕事で行き詰った時に見ます、「この時のカズにく比べれば今の俺なんか・・・。」と鼓舞します。当時の心境をカズは取材に対しこう答えました、「ブラジル時代の試合に出れないベンチの方がつらかった。」。。。。そんなわけがあるはずがない!17歳で単身ブラジルに渡り日本をワールドカップに出場させるために帰国して満身創痍で挑んだはずのドーハでの悲劇、イタリアに渡り、4年後にやっと掴んだフランス大会での代表落ち・・・。

悪夢の1998年6月2日のその年の12月、僕に長男が誕生しました。その長男に゛キング・カズ゛の思いを語り、全盛期のカズのビデオを見せながら早、11歳を迎えました。所属チームではもちろん11番。未来の日本代表の屈指のエースを僕は育てています。ロナウドの切り裂くドリブル、トーレスのぶっちぎるスピード、ドログバの野生の瞬発力、そしてカズの変幻自在のとフェイントと日の丸の魂・・・その全てを兼ね備えた11歳は今日も僕にそのプレーを見せてくれます!Wiiのウィニングイレブンで・・・。

待っててください、親愛なるカズ様。P6100194

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