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2011年11月22日 (火)

いわきにバフェット氏来る

ほとんどリアルな現実でした。隣の駅、徒歩7分の立地に小さなビルを僕が所有している設定でした。父親からはどうやって買ったんだと聞かれ「毎月1万円のローンだ。」と答えました。そこで事業を始めるはずなのになぜか寝かせたまま。実はビル一棟所有ではなくビルの1階だけの所有、なんと2階は某有名なオカルト宗教の拠点で、騒がしいわやかましいわでとても商売なんて出来る場所ではなくそれが毎月1万円ローンの格安の秘密だったようです。またやっちゃった・・・そこで目が覚め、あまりにリアルなその夢の内容にしばらく考えこみ、本当に夢であったことを確信してからの起床となりました。

同じ日、伝説の投資家ウォーレン・バフェット(81)が初来日しました。ロックフェラー、カーネギー、フォード、ディズニー・・・まさにそうした伝説の方々と肩を並べる世界の大富豪。ヘリで降り立ったのは福島県いわき市の金属加工メーカー"タンガロイ″でした。その映像もまた夢であると疑いませんでした。つい数か月前バフェット氏とのランチタイムの権利というチャリティーオークションがあり2億円相当で落札された話題を耳にしました(毎年恒例のようです)既にその落札者が大富豪じゃん、みたいな・・・。何度も自分自身への確認を問いかけました。バフェット氏がいわきに来た。どうやら現実のようです・・・。しかも日本の高い技術力への投資というビジネスを目的に。

日本はスゴイ!福島はスゴイ!いわきは絶対大丈夫!

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2011年11月14日 (月)

生きること

「お父さんが行った高校のレベルは?」思い出したくもない過去の話を中学1年の息子に突き付けられました。早くも中学校授業から脱落しかけ自分の進むべき道をかなり弱腰に見積もり始めた模様です。質問の回答はというと福島の中より下の県立に失敗して2次募集で入ったのは市内で下から何番の公立高校でした。しかも中退してしまい・・・。答えている自分に切なさがよみがえります・・・。

踏切からの飛び込み事故は進路に悩む中学3年生だったらしいです。そんな事故があったことを息子に話ました、その時は人生最大と思える岐路の選択も長い人生で考えたら10代でおこる全ての悩みなんてしょせんはちっぽけなものだったと何年後かには思える日が必ず来るし・・・そんな気持ちを伝えたかった。「え?いじめじゃなくて進路?お父さんが伝えなきゃダメじゃん、2次募集の下(げ)の下(げ)の高校すら卒業できなくたって、お店持って家族養っていけるってことを!」。。。それ、君から言われると何も言うことないんだけど微妙に傷つく。しかも君にはお父さんと同じではなく、せめて中の下くらいに・・・ま、いいか。

胸を張って、上を向いて、「生きてることはすばらしい。」そうティーン・エイジャーに伝えたい、そう伝わなければいけないと思ってます。

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2011年11月 9日 (水)

先輩たちの宿題

厄介なリスクはもうごめんです。せこせこと予約制で小さく経営してれば何とか食べていけるし・・・ただ、あまりに顧客をお断りする機会が多く、さすがにこれではいけないと思ってのパートさん募集でした。何名かの女性経験者の問い合わせの中で未経験という聞き取りにくいなまりのある男の子からの入店希望の電話でした。とりあえず会うだけ会ってみて1度は遠慮してもらったのですが・・・。3月に長崎の美容学校を卒業し8月に上京してきた塚原くんもかなりうちに馴染んできました。僕もおじさんの領域に入り平成2年生まれの彼と飲むとついついぐだぐだ語ってしまってます。様々な人達に育てられて支えられて今、僕がここにいます。お世話になった方々には何一つ恩返しはしていない、でも、その方々はいつも言っていました「俺が君に与えたことは俺に返すんではない、やがて君が誰かを育てるときに与えてもらった全てをその誰かに与えてあげればそれでいい。」そんな結構昔の約束をやぶろうとしていました。自分さえよければと・・・。

多くの方々から与えていただいた負債はまだまだ相当残ってます。しっかりとタスキをつなぎ与えていただいた以上、利子を含めて誰かに与えていかなければいけないし、そのためにはまだまだ勉強が必要だし・・・今、会うことのない先輩たちは今もなお、まだまだ多くの宿題を僕に与えてくれています。

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