2022年5月 5日 (木)

磐梯山への道のり

2度目の山登り、神奈川の大山を踏破、「さあ次は会津磐梯山制覇だね!」

福島で生まれた母は6人兄弟の3番目、貧しい実家の事情で中学を卒業後に茨城の看護学校で寄宿生活、一日も早く仕送りをするために准看護師として従事します。21歳で僕を出産後に正看護師の資格を取りました。その後、市立病院の看護師長を務め間もなく70歳となりますが高齢者施設で現役看護師として勤めています。とにかく弱音も痛みも見せることない強い女性でありながら、他人に対して思いやりのある母であります。

僕の誘いで山登りデビューを果たし1200mの大山を踏破した翌年、母の口から大腿骨人工関節手術を告げられたのは1か月前でした。
僕に心配をかけまいとギリギリまで黙っていたのでした。
日中の介護施設勤務も、夜の就寝も、坐薬を使い続けるほど痛かったようでした。

昨年の2月、コロナの緊急事態宣言中ということもあり、手術の立ち合いの許可は頂けませんでした。
それでも僕は駐車場で待っているだけのつもりでその病院にいました。
看護師さんがご配慮してくださり待合室へとご案内していただきました。そして。
更なるご配慮、担当医に呼ばれ手術後の報告までもご丁寧に説明いただきました。
手術前の関節のすり減った画像を見せいただき「我慢強いお母さまですね。」と。
そして手術後の関節の画像も見せ「もうこれで大丈夫です。」「何か質問ありますか?」に対し僕は
磐梯山に登れますか?」・・・先生の笑顔でのお応えは「それは人口関節の問題ではなくお母さまのトレーニングの問題です。
   その日、全身麻酔の母とは面会はせず帰宅しましたが、麻酔から覚めた母に先生は「ご子息がどうしても術後報告を聴きたいというので本当はコロナで禁止なのに仕方なくご説明しましたよ。」と伝えていたようです。
先生、それはりすぎですよ~。

昨日の休日、母を連れ626mの幕山へ行きました。
手術から1年3か月、不安を抱えていましたが自信を取り戻す低登山となりました。
磐梯山登頂のトレーニングがいよいよ始まります。
先月、三春町で行き着いた偶然の田部井淳子さん生誕地、その場所から川のせせらぎとともに聞こえてきたような気がする言葉
「ゆっくりでいい、人生も山登りも、まずは最初の1歩を踏み出すこと、あとは山が教えてくれるから。」

福島出身の田部井さん、齢70、福島出身の登山ビギナーの母をどうか磐梯山の頂にお導きください!

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2022年4月13日 (水)

三春の神さま

三春の滝桜が開花から最速で満開を迎えました。
この1本桜を拝観するために日本全国から人が集います。

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神樹を前に人は様々な思いを馳せます。
そしてその見え方も人により様々です。
僕は上川隆也氏の伝説のセリフ「僕は大地の子です。」とつぶやきます。
人に押されながら・・・

三春の町は大好きです。その理由のひとつが47年前に世界女性初、エベレスト登頂を成しえ、2011年、故郷福島での原発事故により将来に沈んでいた高校生を励ますため、自らはがんの末期であるにも関わらず、亡くなる直前まで富士登山プロjジェクトを続けた
あの田部井淳子さんが愛し育った町であるから。
そんな素敵な町の川沿いを散策して、思いがけずある場所に行き着きました。
まさかの田部井淳子生誕地
その場所から望む不動山、川のせせらぎ。
なんて素敵な風景なんだろう・・・こんな素敵なところがあんなに素敵な田部井(旧姓・石橋さん)さんを育てたんだ・・・。

三春の滝桜。三春出身の田部井淳子。

それぞれの神に触れられた素敵な町での素敵な素敵な1日でした。

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2021年3月10日 (水)

10年。心の復興。

10年間、絶えることなくお客様からの募金は続きました。心からの感謝です。
今回は38415円となっておりました。

昨日3月9日、震災10年を目前のいわき市久之浜商店街にお届けいたしました。コロナ感染リスク上、からすや食堂では食事せずに募金をお渡しするのみに留めました。

 

何かしらの被災地支援をしたいという皆さまの温かいお気持ちをこれまで届けて参りました。

現地では温かい商店街の方々、大好きないわきの太平洋の海、津波にも耐えた奇跡の秋葉神社に迎えられ、毎回弱い自分の心の支援をいただいて参りました。 
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この場所があったから、今の自分を続けていけました。

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地震、津波、火事、原発、風評、分断、差別、偏見。。。

僕らの想像を絶する様々な被害と向き合ってきた福島の方々。

それらを跳ね飛ばしてきた笑顔と元気。

この土地の海と空と太陽がもたらすパワーなのだと思います。

 

そんな35km先には原発という怪物の静かに見えない制御不能な破壊エネルギーの放出、排出が今なお続いています。。。

そして”復興”という名分のもとその恐怖を覆い隠すようにコンクリートの形が一面広がっていく様にはやりきれない思いでいっぱいです。

2週間後には東京オリンピックの聖火がスタートします。

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この10年は僕の心の復興でした。
原発の破壊エネルギーを凌ぐこの土地の海と空と太陽のエネルギー。

これからもずっと心と身体のエネチャージに通います。
自分を続けていけるよう。

 

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2020年11月 8日 (日)

原発災害伝承館からの

「フクシマの原発は既にアンダーコントロールしています。」
オリンピック招致を導いた当時の首相による伝説の発言から7年。
今年9月、帰宅困難区域が残る双葉町に政府が53億円を投入して”アンダーコントロール″を世界にアピールすべく
「原子力災害伝承館」が開館。
国道6号線、大熊町あたりのモニタリングポストは1.8μcvを表示、左手に並ぶ飲食店、コンビニ、スーパーはガラスが割れ、草木に覆われ廃墟感満載。運転の21歳の長男は「これ人が通るとこじゃねぇよ。テレビで観る、ときが止まってるってやつじゃん!マジやばいって、引き返そうよ。コロナのレベルじゃねえよ。お父さんはもういいけど俺はこれから子ども欲しいし!」と涙目で助手席の僕に本気で嘆願しておりました。
僕も長男もそのアンダーロードの道のりのインパクトが強すぎて肝心の伝承館で何を見たのか全く心に入っておりませんでした。。。028 035
国道6号、アンダーロードを戻り、久之浜へ寄りました。

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新型コロナの感染が拡大、この8か月は本当にキツかったです。

やっとここに来れた。

3月、4月、5月は命がけで営業を続けておりました。
世の中は緊急事態宣言の中、多くのご高齢の顧客様が来店してくださいました。
どこにも出ない、病院にも行かない。髪の身だしなみは要・急である。と。
感染すれば確実に重症化、当店を信用しご来店くださるご高齢のお客様に対し、未知なるウイルスの感染を抑止しながらコロナ禍で滅入っている多くのお客様に喜んでいただくために。。。
8月、張り詰めていた緊張の糸が急にはち切れ、いわゆる”コロナ鬱”となり
とても営業を続けていける精神状態ではなくなり。
それでも今日までなんとか、なんとか続けてみて。

そんなこともあり、久之浜の海はただ、ただ涙が溢れて。
悲しいとき、辛いとき、何かを願うとき、そんな場所がこの海です。
波のメッセージは「よく頑張った。」と称えてくれてるのか、「そげなことでメソメソすんな、情けねぇ。」と叱咤しているのか。。。
どちらにせよここに来ればエナジーチャージの完了。
キツクなったらまたそっこー来ます。

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2019年10月30日 (水)

久之浜とエナジー。

9月から始まった台風15号、10月の19号、続けて21号の大雨。

各地に甚大な被害が広がり、同時にこの国で開催されたラグビーワールドカップでホスト国がベスト8に入るというその偉業にある首相は誇らしげに「夢のような1か月間だった。」とツイートされました。

各地で頻発した自然災害の被害が夢であってほしいと願う毎日であります。

災害被害の爪痕を報道で知るたびに心が悼みます。
あいにくこの町田市に甚大な被害はなく何事もなかったごとくオリンピック開催への話題一色になるほど、なお心が痛みます。

昨日は半年ぶりにいわきへと出掛けました。この鬱積した気持ちをいわきの波の音で払拭したい一心です。
017 あいにくの雨です。
これまで晴れる予報を選んで来ていたので初めて佇む雨の久之浜海岸です。
このエリアは台風19号で浄水場が浸水して2週間の断水状態でした。21号の大雨ではいわき市全域でも川が氾濫して各地で冠水、浸水被害がおきました。
バスでの道中、汚泥の片づけ、歩道に山積になった廃棄ゴミ。
この久之浜地区は2週間の断水で済んでよかった、周辺地域が大変なことになっていると悲しく憂いでいました。
013_20191030130501 010_20191030130501 012 秋葉神社への雨の参拝も初めてでした。
神主様のメッセージ「人のために価値ある人として他人を支え続け、強く生きて下さい。」というお言葉がいつ読んでも響きます。
多くの苦しみに見舞われた人たちが他人を支えて強く生きていけるはずなどない。そう思っていました。
僕は自分のために生きてきました。自分が生きていくために自分の商売を苦しみながら続けてきました。
ある時期から、、、自分のためにしていることが人から感謝されるようになりました。自分のためだけど少しだけその人を想うようになりました。自分のためなのにいつしかその人にとって必要な人になっていることを感じるようになりました。
その人たちに想っていただくことが少しだけその人を想う気持ちを勝り、その喜びがいつの間にか自分のための生きるエナジーになり計りしれない喜びとなることを知りました。20年、死ぬほど嫌だった商売を続けて見えた新境地です。

災いが続き、生きる力を失っている方々がたくさんいらっしゃるのだろうと思います。
そうした方々に僕が出来ることは少なく、さほど力になることも出来ません。
これからも僕は自分のために生きていきます。そうした方々に想いを馳せていきます、力になれることは何かを考え悩みます。
自分の生きていくエナジーのために。
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2019年5月29日 (水)

令和元年、久之浜にて。

「ひさしぶりでねぇの。」
久之浜へは今年の1月にひっそりと秋葉神社にお参りに訪れただけで浜風商店街の方々とお会いせずに去りました。
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昨日は雨こそは降りませんが空は雲で被り、海風も強く波も荒い日でした。
021 震災から8年が過ぎ、大きな復興整備 はほぼ完了しております。
7月にはこの町の「波立海岸」も9年ぶりの海水浴場の開放となります。
常磐自動車道も全面開通、来年開催されるオリンピックの聖火リレーのスタートもします。
明るいニュースばかりです。のはずなのですが。。。

この町に通わせていただき初めて町の再生というものをリアルに目の当たりにしました。
「久之浜」は”被災地”という括りからは逸したのではないかと思います。
そして、今、僕が見ている町の状況は人口減少を迎え都市部集中により存続の危機に至る全国にある地方の町の様、そのものだと思います。
025 参院選に向けある政党が街頭演説を行っておりました。
「久之浜駅前ロータリーの皆さま。」と 聴衆が1人もいないこうした光景も日常のようです。
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大津波にも耐えた”秋葉神社”。
以前、花で咲き飾るプロジェクトがありました。その際のお花をドライフラワーにして僕のために取っておいてくださいました。
この神社は僕にとって他ならぬ心の信仰です。そのお花を頂けて。。。有り難や。。。

023 今回、ヘアメークシーンのお客様 皆さまからは31921円の募金をお預かりしておりました。久之浜の町にとってお役にたてていただけるようからすや食堂さんにお届けいたしました。

どんな情報もリアルタイムで入手できる時代になりました。
そんな時代だからこそ僕は”肌感”を信じます。自分の見たもの、聞いたもの、感じたもの、その感覚だけを信じていきます。
更なるスピードアップで令和は進んでいくのだと思います。
地方でしか感じることのできない本当の時間空を味わいながらこれからも流されることなく、見失うことなく、生きていきたいと思います。


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2019年1月23日 (水)

平成元年、いわきから

この日の月がスーパームーンであったこと知りませんでした。
どおりで明るすぎるわけでした。



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この月の反対から昇る朝日を見るためにここまでやってきました。













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翌日45歳となる僕にとってここから得る太陽のエナジーは特別なものです。
昨年のこの時期、この場所から娘の高校受験合格を祈願しました。
この町の中学生が無事、志望校へと進めるようお祈りいたします。。。

平成最後の年。
何億回聞いているこのフレーズ。
30年前の平成元年、僕はいわき市民となりここの公立中学へと通いました。
県立高校へ行くために中学卒業2か月前に転入しました。
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中学校からほどなくして八幡神社があります。
30年前からはずいぶんと立派な佇まいとなり目を疑いました。
学校が終わるとまずこの神社の木の奥に隠れて泣いていました。それから叔母さんの家へと帰宅しました。
大好きないわきでの生活だったのですが耐え難いものがありました。
町田の人間でも東京からの転校生というレーベルでした。
いわきの中学生は坊主という規則でしたので生まれて初めて坊主にしました。
剃り込みが入っていたので坊主にしたことでより注目を浴びることとなってしまいました。
嫌な奴もいましたがいい奴ばかりでした。

平成元年というのは僕にとっていわきからスタートした年でした。
失態ばかりでした。
あれから30年ですがやはり、いわきは大好きです。

15歳の置き忘れてきた自分にやっと会うことがができました。

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2018年10月 2日 (火)

漁業の町

地方の地場を活かし、産業に繋げる経済の活性化。
過疎化の進む地方に対し国策なる事業に阿ることで地域の雇用の安定、国からの交付金などによる活性化。
どちらの策も地方創生です。

内閣の人事が発表されました。いわき市出身で被災地福島に精通する吉野復興大臣は外れました。
首相の適材適所と標榜する復興大臣には原発、憲法改正、集団的自衛権推などを推進される方が後任となりました。

原発事故から7年半、福島の漁港がやっと動き始めました。
防波堤工事や除染、廃炉作業以外の海を生業とする本当の地方創生が始まろうとしています。
原発汚染水は現在90万トン(タンク860基)、タンク保管場所が限界を迎えるということで多核種除去設備で浄化したとされるそれらのトリチウム水を海洋放出する計画でいます。
5つの対策を検討してきたとのことですが経費を抑えられ最も現実的である理由から海洋放出ありきのようです。
ちなみに海洋放出は34億円程度、新規に大型タンクを設置して収容スペースを確保して半減期まで長期保管の場合の試算は200~300億円程度。
200~300億円オスプレイ1基が108億円だから、、、
トリチウムはベータ線で放射線量は比較的低く、セシウム137の700分の1程度。
仮に人体に取り込まれても水分と結合するので体外に排出し易い。
全国にあるいくつかの原発からも40年間海洋放出しているが住人からの健康被害の報告はは出ていないので心配はない。
という見解らしいです。。
そして数日前、除去しきれていないのはトリチウムだけと言われていた90万トンの汚染水うち75万トンから実はトリチウム以外にもヨウ素129、ルデニウム106、テクネチウム99 その他まだまだ公開中であります。
さすがにここまで公表されて海洋放出はないかとは思うのですが
2020年までに復興を完了させることを義務づけされた復興相就任直前の東電からの公表出しまくりであったことが気がかりであります。。。

原発のある海でしょ?それ以上のことがあったのだから何を今更。という考えもあろうかと思います。
そんなことがあったから現地ではあきらめずに真剣に向き合ってきました。
だからこそもう二度と、1ミリも汚してはいけないのです。

どうか県外の方々にも常磐の海を守っていただけるようお願い申し上げます。

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2018年9月22日 (土)

パワースポットにて

やはりいわきはテンション上がります。002ここまでの道のりは良いものではなかったのですがいつも晴れ空で迎えてくれます。

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願いがあって久之浜にお参りに来ました。
この日は気鋭のIT社長が月に旅行するとの発表がありましたが僕にとっては月に行くような願いです。
秋葉神社では来週除幕式を行うという石碑の工事中でした。
009007_2後世の人達への警告とメッセージです。
津波は第2波が危険なのです、波が引いても決して戻らないこと。
012この神社にはたくさんの想いを打ち明け、叶えていただきました。

そう思い込み、自分を支え続けてくれている大事なものを見失うことがあります。

昔から感受性が強い方であったのだと思います。
いいものも決してよくもないものも たくさんのものを享受してきました。
何事もなかったように今を生きることが出来て。
そうしていられることは自分の持っている天授だと思っていました。
そうではなくて
よくないものに囲まれていてもいいものに守られていた力の方が強かったのだと。
ときおりいいものの力が弱くなるとよくないものからかばいきってもらえなくもなったりも。

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いいこと以上によくないことが起こることがあったりします。
よくないことしか起きてないときもあります。
見忘れているいいことに目を向け、改めて感謝をしなければいけないのだなぁと思います。

お彼岸だぁ。。。





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2018年6月27日 (水)

太陽と海といわき

神奈川県町田市。
そう言われること多々ありますが抵抗心全くありません。
人生半ばを過ぎると何かの信仰心が覚醒します。おそらく多くを自分自身で抱えていくことに限界を感じているのだろうと思います。
相模の国を統治する大山"阿夫利神社"。いまいちパワーがいただけず、先週は武蔵の国を統治する御岳山"武蔵御嶽神社"。ここでもいまいちパワーがわからずに、、、しっかりと癒されてはいるのですが。。。
山の神には好まれていないのかな などと考えていたらいわきの海が恋しくなってきます。
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太陽が似合う街、いわき。テンションあがります。

008久之浜到着。釣り人がいます。
いわきの海、常磐モノの魚は安全基準に回復しています。
いわきの海でも久之浜漁港の魚はトップブランドなのです、事故後の2013年から原発30km南の久之浜漁港では市民グループが独自にデータをとり続け常磐ブランドを守ってきました。

 

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相模の神、武蔵の神。
この場所では感じることの出来なかったパワーを確実に感じます。
僕はきっと磐城の人なのでしょう。
この場所からたくさんの願いを叶えていただきました。
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005
I have Dream。この町の少年、少女の夢がここ福島で叶えられることです。
そんな夢を疲れ果てた中年男性が願ってもでっかい迷惑です。057_2
太陽のように一番輝いてほしい。親がつけてくれた僕の名前"陽一"。
この町の少年たちにダサかっこいいと思ってもらえる
そんな生き方をしていかなければ。。。
いわきの太陽と海、風が僕の背中を押してくれています。

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